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東京家庭裁判所 昭和37年(家)6158号 審判

申立人 林つゆ(仮名)

相手方 林茂作(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

申立人は「相手方は申立人に対し当時者間の二女知子の養育料として昭和二十七年十一月分より昭和三十五年八月末日までの分合計金二十八万二千円、昭和三十五年九月一日以降知子の義務教育終了に至るまで毎月金三、〇〇〇円の割合により送金支払え」との趣旨の審判を求め、その理由の要旨は、申立人と相手方は昭和十年十月中結婚し昭和十一年四月二十八日届出を了した。そして昭和二十七年九月十七日二女知子(昭和二十二年八月二十三日生)の観権者を申立人と定めて調停離婚したところ、相手方は知子の養育料を負担せず、その後昭和三十六年六月三十日申立人と相手方は再度婚姻したが、依然として申立人においてのみ引続き監護養育してきたに拘らず、相手方は昭和二十七年十一月以降の養育費を負担しないから申立人は妻として夫である相手方に対してその支払を求める

というにあり、

相手方は申立人と相手方間に夫婦関係の存在することを否定する。

よつて考えるに申立人の本件申立は、家事審判法第九条第一項乙類第三号による婚姻費用の分担に関する処分として上記再度の婚姻の前後を通じて二女知子の養育料のうち相手方の負担すべき分担額を定め、かつ前同法条乙類第一号による、夫婦間の協力扶助に関する処分として右養育料分担額を毎月送金支払うべきことを命ずる処分を求めるものと解する。もし再度の婚姻前の養育料に関する処分は前同法条乙類第四号による審判の対象とするというならば、この審判事件の対象は現に婚姻関係にない場合に限られると解すべきであるから本件申立のうちこの部分は却下を免れない。

しかるところ、相手方は昭和三十六年六月三十日届出による婚姻は相手方の関与なくして申立人がほしいままになした届出によるもので無効であると主張し、申立人と相手方が夫婦であることを否定し、この間に争があり、この争は人事訴訟手続(または家事審判法第二三条の手続)により最終的には解決されるよりほかはないが、家事審判手続においてもこの点に関する判断をすべきであり、これが訴訟手続により解決されるまで家事審判手続を進行させないというような措置は申立人の利益を不当に害するばかりでなくこの種の事件を非訟事件手続によらしめた趣旨にも反する結果となるので本件においては未だ訴訟手続による確定的判断はなされていないけれども当裁判所においても判断をする。

そこで、まず本審判手続開始に至るまでの申立人と相手方との身分上の関係に関する経過を調べてみるに

当庁昭和三五年(家イ)第三、四七九号養育費調停事件記録添付の林茂作を筆頭者とする戸籍の謄本、家庭裁判所調査官寺師康男の調査報告書、昭和二七年(家イ)第二、二〇〇号夫婦関係調整調停事件調停調書写、昭和二五年(家イ)第二三四号離婚調停事件調停調書写と、当庁昭和二八年(家イ)第三、三〇六号養育費調停事件、昭和三一年(家イ)第三、三三六号子の監護養育調停事件、昭和三一年(家イ)第三、四三五号家庭調整調停事件、昭和三二年(家イ)第五九七号家庭調整調停事件、昭和三三年(家イ)第二、五八一号夫婦関係調整調停事件の各調停申立書及び調停調書、上記第五九七号事件記録編綴の家庭裁判所調査官矢野照男の調査報告書、当庁昭和三〇年(家イ)第一、六八六号調停条項履行調停事件申立書及び取下書、上記第二、二〇〇号事件記録添付の東京地方裁判所昭和三〇年(タ)第一八三号、東京高等裁判所昭和三一年(ネ)第一、二三三号婚姻無効確認請求事件各判決正本、最高裁判所昭和三一年(オ)第一、〇六二号婚姻無効確認請求事件判決書写、本件記録添付の戸籍謄本によると申立人と相手方は昭和十一年四月二十八日届出により婚姻し前記二女知子のほか、長男義一(昭和十一年四月十一日生)長女圭子(昭和十二年十一月二十日生)二男二郎(昭和十四年二月七日生)三男政彦(昭和十六年十月二十六日生)の三男二女を儲けたが不和となり、相手方は申立人との離婚を求めて調停を申立てたところ、相手方が離婚の主張をとりやめ、申立人に対し前記の子女の生活費を支払うこと等の調停条項により昭和二十二年六月二十二日調停成立した。しかるに今度は申立人より相手方との夫婦関係調整を求めて調停を申立て昭和二十七年九月十七日別紙の条項により調停成立したが、申立人は離婚に付帯する条件の紛争が解決しないとしてその届出をなさず、当裁判所に対し調停条項の履行を求めて昭和二十八年(家イ)調停条項履行調停事件として係属したがこれは取下げ昭和二十八年十一月二十四日長女圭子の養育費の支払を求めて調停を申立て前記調停離婚の戸籍記載が許可によつて漸く昭和二十八年十二月二十八日なされた後昭和二十九年四月七日上記養育費の調停事件は同月より長女圭子が高等学校卒業するまで毎月一、〇〇〇円を支払うということで調停成立した。

ところが別紙調停条項第三、四項により借地権の譲渡を受けた土地に関して地主より明渡を求められたため、借地権を確保するため、昭和三十年五月二十六日、当裁判所に対し、調停を申立てたがこれも同年六月三十日取下げた。しかるに申立人は昭和三十年七月二十九日相手方との婚姻届を提出し(同日受理せられ戸籍記載がなされた)これを知つた相手方は申立人を被告として東京地方裁判所に婚姻無効確認の訴訟を提起し右訴訟は相手方の意思なきに拘らず申立人がほしいままに届出をなしたということで申立人敗訴の判決が言渡され、申立人はこれに対し上訴を申立てる等して争つてきたが、一方においては長女圭子を除く、その他の子女の監護養育に関する調停を昭和三十一年十月二日当裁判所に申立て、さらに昭和三十一年十月九日申立人と相手方は昭和三十年七月二十九日届出により婚姻した夫婦であるとして家庭円満調整を求める申立をなし、昭和三十一年十二月十九日二女知子養育のため申立人が負担していた債務支払に充当する費用として金一万五千円を支払うという条項で調停は成立したが家庭円満調整を求める申立は不成立に帰した、ところが申立人は前記借地権譲渡後の相手方のなすべき処理に関し不満ありとして地主との契約時の模様を明らかにすることを求めて当裁判所に対し昭和三十二年二月十九日申立人林つゆとして家庭円満調整調停を申立て昭和三十二年七月四日右調停も不成立に終つた。そして前記届出による婚姻も昭和三十二年十二月十九日上告棄却の裁判により婚姻無効の裁判が確定した。しかるに申立人はその後も夫婦関係存在するものとして昭和三十三年七月十四日当裁判所に夫婦関係調整の申立をなし昭和三十四年四月十四日この調停も不調に帰したところ、昭和三十六年六月三十日再び申立人と相手方の婚姻届が受理せられ、その旨戸籍記載がなされるに至つた。これを知つた相手方はまたも申立人を被告として、相手方は婚姻届をする意思なくして申立人がほしいままに届出でたのであり相手方は関与した事実なしとして東京地方裁判所に対し、婚姻無効確認請求の訴を提起し申立人は相手方同意のもとに届出でたものであると抗争し結局相手方の主張が容れられて申立人敗訴の判決が言渡されるや申立人は控訴してなお事件係属中であること。なお相手方は昭和三十年七月二十九日なされた婚姻につき無効の裁判確定後昭和三十三年一月三十日町田花江と婚姻したが、昭和三十六年四月十七日協議離婚しさらに高山友子と内縁の夫婦となつて現在に至つていること。

以上の事実が認められるところ、右の事実によると、相手方は申立人を相手方として調停を申立てた、昭和二十五年頃来一貫して申立人との婚姻を希望せず昭和二十七年九月十七日調停離婚成立後は申立人との婚姻関係を前提とする話合いには全然応ずる気持はなく、当事者間の子の養育に関する合意もすべて申立人とは婚姻関係にはないことを前提としてなされたものと認められるのでこれらの事情を背景として考えないで昭和三十六年六月三十日届出による婚姻の効力の存否を判断することは妥当ではないので、この点を考慮に入れて、婚姻届出書提出の事情を調べてみるに東京地方裁判所昭和三六年(タ)第一七八号婚姻無効確認請求事件記録中の第一回口頭弁論調書によれば申立人自身前記婚姻届は昭和三十六年五月二十八日頃電話をもつて相手方の同意を求めて提出したのであるが、当時その諾否の返事は得ておらないと陳述し同記録中の昭和三十六年八月二十五日附答弁書では子供達から相手方に届出を迫つて承諾を得たと陳述しているに拘らず、相手方の承諾を得にいつたという長女圭子も同記録中川村圭子に対する証人尋問調書によれば、長女圭子も母(申立人)に頼まれて婚姻届提出について相談に行つたが父(相手方)は何の返事もせず、そのまま帰つてきてしまつたことが認められるので相手方の明示の同意はあつたものとはいえないところ、前記届出前の事情を参酌するとむしろ相手方は同意をする考えはなかつたと認めるのが相当である。

してみると、申立人が相手方の届出意思なきに拘らず相手方の印章を利用して上記婚姻届を作成提出したものと認めなければならないから上記婚姻届による婚姻は無効とする判決確定のない現在においてもこれを無効ということができ、したがつてこの点において本件申立は理由なきものとして却下を免れない。

ところで前認定のような調停離婚成立後の申立人の一連の行動は調停離婚を有効に成立したものと認めた上での行動としなければ理解に苦しむのであるが、本件調停及び審判手続における経過によると申立人は前記調停離婚は別紙調停条項第三、四項の借地権譲渡が円滑に行われなかつたことを理由として無効であるとの前提で本件申立をなしているのではないかと考えられる節があり、申立人の真意は容易に把握しがたいところもあるので、なおこの点の判断も明らかにしておくこととする。なるほど申立人と相手方間の離婚の調停は申立人の現在利用している家屋及びその敷地を利用するについて何らの障害も起きることはないであろうことを予想して、申立人において調停離婚に同意したものであろうことは推測に難くない。しかるに離婚調停成立後敷地の利用権を確保することを確約した相手方に誠実味が欠けていたのか幾何もなくして地主との紛争を生じ相手方が法律的知識の不充分なことも手伝つて紛争解決に少からぬ心労を重ねさせられてきたことも前認定のように各種の調停事件が継続して申立てられてきた事実によつても推定できるところである。そして、離婚後の住居の問題について相手方の誠意に委ねようとする合意をそのまま是認して調停を成立させることは殊に借地については地主が名義書替を希望しないことが公知の事実であることからみて、その当否が確かに問題である。しかし本件ではともかくも譲渡について承認をとる手続は履行され終局的には一応申立人の借地権譲受の点は地主の容認することとなつたことは、(尤も現在地主より再び借地の明渡を求められてはいるが、それは地代不払によるためである。)家庭裁判所調査官横田健二の調査報告により認められるから、申立人において借地権確保に対する期待が裏切られた点のあることは否定できないにしてもこの程度の錯誤をもつて離婚の合意そのものを無効のものと解することは相当でない。

したがつてこの点で本件申立を維持することはできない。

なお、本件申立を昭和三十六年六月三十日届出による婚姻も無効とし結局本件当事者間には夫婦関係存在しないものとして婚姻解消後における当事者間の子の養育費に関する処分をなすことが許されるかどうかについても検討してみるに、家事審判手続は民事訴訟手続と異なり、申立の趣旨、事件の実情に関する申立人の陳述がすべて裁判所を拘束するわけではないけれども、いかなる対象について審判を求めるのかは申立人が決定すべきものであつて、申立人の申立に反し自由に裁判所が定めるべきものではなく、この限度においては裁判所も拘束されるものと解するところ、申立人は本件審判手続において申立人と相手方が夫婦であることを前提とする申立であることを明らかにし殊に別に民事訴訟手続において婚姻関係の存在を主張し極力抗争しているのであるから夫婦関係は存在しないことを前提とする審判はなすべきではないと考える。

よつて、いずれの点よりするも本件申立は理由なく却下すべきものであるから主文のとおり審判する。

(家事審判官 綿引末男)

別紙

当庁昭和二十七年(家イ)第二、二〇〇号事件調停条項

一、申立人林つゆと相手方林茂作とは本調停に於て離婚する。

二、当事者間の長男義一、長女圭子、三男政彦の親権者を相手方に定め相手方が監護養育すること。

当事者間の二男二郎、二女知子の親権者を申立人に定め申立人が監護養育すること。

三、相手方は申立人に対し財産分与として下記家屋の所有権を移転する。

相手方は直ちに所有権移転登記手続をなすこと。その方法として本日調停委員会の席上、登記済権利証、印鑑証明、登記に要する委任状を相手方から申立人に手交し、申立人は之を受領した。

相手方は居住証明書、その他書類の不足分を直ちに引渡すこと。

東京都大田区安方町○○○番地家屋番号同町○○○番の○

本造亜鉛メツキ鋼板葺平家建事務所兼居宅一棟建坪十五坪

四、相手方は前項の存在する敷地の借地権(八十三坪)を申立人に無償譲渡する。

上記の土地の地主に対し、譲渡の承認をうくる手続は相手方が行う。但し之に関し費用要する場合に相手方が負担する。

五、相手方は申立人に対し、第三項の他金七万五千円を下記の期日に支払うこと。

(1) 上記のうち金五万円を本日調停委員会の席上、相手方は申立人に支払い、申立人は之を受領した。

(2) 残額二万五千円は、昭和二十七年十月三十一日限り当裁判所内に於て支払うこと。

六、相手方は二男二郎の養育費として昭和二十七年九月より二郎が義務教育を終了する迄毎月末金二千円宛支払うこと。

相手方は上記のうち、二郎の教育費として本月より毎年学期始め(毎年一月、四月、九月)の月の三日限り金二千円宛を支払うこと。

(本月月末は合計四千円のこと。)

上記は相手方より申立人に届けること。

(以下省略)

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